後戻り防止にはまずリテーナーの装着から
矯正歯科治療が終わると治療結果をなるべく長く維持するために後戻り防止装置(リテーナー)を装着します。しかし、後戻りは完全に止められるわけではなく、加齢や成長、生活習慣などでも少しずつ動いてきます。特に後戻りが起こりやすい場所が下顎前歯ですが、固定式のリテーナーをつけることで高い確率で後戻りを防ぐことができます。
そもそも後戻りはなぜ起きるのでしょうか?昔から言われているのは歯根の周りの繊維が新しい位置に落ち着くまで元の位置に引っ張ろうとするからというものがあります。それだけではなく、舌や唇・頬など歯列を取り巻く筋肉によっても後戻りが起こります。
外科矯正の後戻り
弱い力で徐々に動かしなるべく機能・筋肉の力と調和させながら移動させることで後戻りのリスクが大幅に軽減されます。手術の後戻りは顎についている筋肉によって引き戻されることで起こります。例えば、下顎後退で顎を前に出すような骨切り外科手術は一気に顎の骨を切り貼りしますので筋肉や機能との力の均衡まで考えていませんから後戻りのリスクが未知数です。もし両顎手術やSSROなどの外科矯正は後戻りしないと考えている方がいたらそうではないということを覚えていてください。
マウスピース矯正とワイヤーの矯正で後戻りの程度は違うの?
参考文献に載せましたが2007年にマウスピース矯正の一つである”インビザライン”とワイヤーを使用した矯正治療の後戻りのしやすさを比較した論文があります。この論文によるれば装置を外した3年後を比較したところ
- インビザラインによる治療もワイヤーによる治療も後戻りが生じていた
- インビザラインによる治療のほうがワイヤーを使用した矯正治療よりも後戻りの程度がひどかった
- インビザラインで治療した場合にだけ上顎の前歯の後戻りの程度が大きかった
という結果になりました。 つまりインビザラインとワイヤーを使用した矯正歯科治療とを比べたときにはインビザラインのほうが後戻りしやすいですよということです。
私が考えるに、インビザラインなどのマウスピース矯正は基本的に傾斜移動(倒れるように移動)がメインですので例外を除いて非抜歯治療となるため、本来ワイヤー矯正で抜歯矯正が必要な場合でも無理に非抜歯でやってしまう矯正専門医が多いことが原因と考えられます。
リテーナーの種類はどれが戻りにくいのか
矯正歯科治療が終了すると矯正歯科医は多くの種類の中からその患者さんに合ったリテーナーを処方します。先ほども述べたように、矯正歯科治療後に後戻りが最も起こりやすい部位として下の前歯がありますので、下顎のリテーナーは特に気を使うところです。その選択は最初に来院したときの矯正治療上の問題点や患者さんの協力度、装置の清掃性、装置のコントロール性の間のバランスを考えてどのリテーナーがその患者さんに最適なのかを判断します。
たとえば取り外し式のリテーナーは清掃性が最も良いのですが、患者さん自身が取り外しを協力的に行っていただけない場合は後戻りもしやすいです。一方、固定式のリテーナー(フィックスリテーナー)は前歯の裏側に細いワイヤーを貼り付ける方法です。清掃性はどのリテーナーよりも難しくなる一方、後戻りのリスクを最小限に抑えます。このように、どのリテーナーが完璧だということはありません。
固定式リテーナー(フィックスリテーナー)
矯正治療が終了した患者さんの下顎に使用されるリテーナーには3種類あります。一つ目はフィックスリテーナーと呼ばれる前歯の裏側に細いワイヤーを貼り付けて固定するもので最も後戻りに対して抑止力があります。犬歯と犬歯にだけ接着するタイプのフィックスリテーナーもありますが、歯の一つ一つにワイヤーを固定する方法が最も個々の歯に対するコントロールが利きます。一方で清掃性は落ちます。
この固定式リテーナーは特に下顎前歯は戻りやすいため、なるべく長くつけておくことが後戻りを最小限にするために望ましいとされています。
取り外し式のリテーナー
もうひとつのリテーナーは取り外し式のリテーナー(可撤式リテーナー)で、有名なものに、その開発者の名前を冠して”ホーレーリテーナー”や”ベッグリテーナー”と呼ばれているものがあります。これらは歯の表側にワイヤーが通り、内側をプラスチックで取り囲むように作られています。取り外し式リテーナーは患者さんの協力度が十分ならばきちんと機能しますが、厚みがあり慣れるまでしゃべりにくかったり、表側のワイヤーが見えるので人目が気になったりします。内側のプラスチックは色を変えることができ、多くはピンク色ですが緑や青などに変えて子供が使ってもらいやすくすることも可能です。
クリアリテーナー
3つ目のリテーナーは透明なクリアリテーナーです。透明な薄いプラスチックで矯正治療終了時の歯型を包み込んで作ります。これも取り外し式リテーナーですが、大きな違いは薄いこととワイヤーがないことで快適に使用できること、全体を包み込むため治療終了時の歯並びを保ちやすいことがあります。さらに食いしばりや歯軋りに対してある程度防止する働きもあります。
クリアリテーナーの使用は1年程度を目安にして使用してもらっています。人間の歯は上下でよく噛める位置に徐々に移動します。クリアリテーナーは咬む面も覆っているため保定の安定性が高まる一方、咀嚼して自然に上下の奥歯がより良く咬み合うという作用を打ち消しているためです。
当院では保定に上下ともフィックスリテーナー、さらに夜間はこのフィックスリテーナーの上からクリアリテーナーも使用してもらい2重のリテーナーで後戻りを最小限にしています。
リテーナーをしていても動いてきたと感じたら
矯正治療が終了して装置が外れて美しいスマイルを手に入れたときはとてもうれしいものです。患者さんともお互いに治療に協力しながら長い期間をかけて治療してきたのですから喜びもひとしおです。患者さんも矯正歯科医も、その整った歯並びや顔立ちがこの先もずっと続いてくれることを望むものです。しかし現実問題、矯正治療結果はそのまま何の変化もないのでしょうか?
良い変化もある
矯正装置を外して一ヶ月もするとスマイルの印象はより健康に美しく変化します。理由の一つ目は歯ぐきが健康になっていくからです。矯正治療中はブラケットやワイヤーが歯に固定されていましたから歯磨きが難しかったのでプラークがたまりやすく歯茎がはれてくる傾向があります。
装置が外れて機能しだすと奥歯が微調整されてより自然に噛んでくるからです。この作用による自然な微調整は前歯にも起きますが、奥歯の微妙な動きは通常気づかないものです。
また、矯正治療で口が閉じやすくなり口呼吸などの悪習癖などが解消され生活習慣が安定し筋肉や骨が調和してくることです。
どうしても避けられない変化
一つ目は加齢による変化です。視力の低下や髪の生え際のように自然な老化による歯槽骨、歯自体の加齢変化は避けられませんので、顔立ちや歯並びもそれに伴って変化してきます。
二つ目は中学高校生の矯正歯科治療で成長が残っている場合は筋肉や骨格の変化とともに歯並びも変化してきます。そのため成長が止まるまではどのような歯並びや顔立ちが安定するのかを予測するのは難しいことがあります。
三つ目は生活習慣です。歯軋りをする方は歯の表面がすり減ってかみ合わせへの影響や知覚過敏になりやすいですし、硬いものをよくかんで食べる習慣がある場合にはえらが張って噛みあわせが深くなってきます。頬杖や仕事時の姿勢も顔立ちや歯並びに影響してきます。舌の位置は後戻りの防止にも非常に大事で正しい舌の位置にないと徐々に歯も骨も動いていきます。
後戻りに関してこれだけは知っておこう
もし避けられる変化を避けてなるべく矯正治療結果を維持したいなら、決められた使用期間以上にできるだけリテーナーを使用し続けることと、指導された生活習慣を守ることです。加齢をはじめ後戻りが避けられない現実はありますが、特に下顎の前歯の固定式のリテーナーなるべく長くつけておくなど後戻りを最小限にする工夫をしてリテーナー生活をがんばりましょう。
参考文献
- Invisalign and traditional orthodontic treatment postretention outcomes compared using the American Board of Orthodontics objective grading system. Kuncio D, Maganzini A, Shelton C, Freeman K. Angle Orthod. 2007 Sep;77(5):864-9.
※矯正歯科治療は公的健康保険適用外の自費(自由)診療です。